1980 - 19833作目アルバム PANORAMA リリース ~ ソロ活動スタート
1980年
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- 1980年3月号掲載のニュースによると、ベンジャミンが暮らしていたアパートメントが火事で全焼。
ベンは手元のスーツケースを持って逃げ出したが、家にあったアートコレクション、機材、ギター等々を 失ってしまったとのこと。
画像引用:カーズ部
- 2月25日
- (日本)Double Life 国内盤シングル発売。ジャケットはカーズメンバーが選んだ日本のファンによるイラスト。
画像引用:45cat
洋楽雑誌ミュージック・ライフ誌が1979年10月号で募集した「似顔絵コンテスト」との提携企画。 ジャケット使用となる大賞の他、各メンバーが選ぶ賞もあり、受賞者にはサイン入りTシャツやパネルなどが贈られたとのこと。
メンバーがイラストを選んでいる様子がカラーグラビアでミュージック・ライフ1980年2月号に。
- 2月26日
- 第22回グラミー賞がロスにて開催。カーズはCandy-Oで Rock Vocal Group にノミネートされるが受賞ならず。
受賞はイーグルスのHeartache Tonight。ノミネートは以下の顔ぶれ。
- The Cars "Candy-O"
- The Knack "My Sharona"
- Dire Straits "Sultans Of Swing"
- Styx "Cornerstone"
- Blues Brothers "Briefcase Full of Blues"
ちなみにこの年のグラミー賞 Song of the Year は、ドゥービー・ブラザーズの "What a Fool Believes"。 [9]
- 8月15日
- 3枚目のアルバム PANORAMA パノラマ リリース
- 8月25日
- シングル Touch and Go リリース
B面は Down Boys
- 9月19日
- 米テレビ局ABC の番組 Fridays に出演
"Shoo Be Doo", "Gimmi Some Slack", "Touch and Go" の スタジオライブの様子が動画でアップされています。これも途中で衣装チェンジしている模様。
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- 1980年10月30日号の Rolling Stone 誌 (#329) で 2度目の表紙を飾る
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- 10月終わり
- パノラマ・ツアーで初来日(The Carsとしては、今のところ最初で最後の来日)
10月30日 東京/中野サンプラザ
10月31日 東京/中野サンプラザ
11月1日 東京/渋谷公会堂
11月3日 大阪/万国博ホール
11月4日 大阪/フェスティバルホール
11月5日 名古屋/厚生年金会館>> 1980年10月30日 中野サンプラザのライブ音源を聴く(YouTube)
・10月28日 グレッグとデイヴィッドは雑誌「音楽専科」のインタビュー対応。グレッグはその前にソニーのウォークマンを購入。 [1]
・初日のライブ会場には来日していたミス・ユニバースの美女がいたらしい。 [2]
・メンバーは皆、当時の最新鋭リズムマシーン、ローランドの「TR-808」を注文して帰ったそうです。 [3]
・同時期に来日していたレイフ・ギャレットが、カーズのパーティーに顔を出したらしい。 [4]
・大阪では三宅一生や山本寛斎のブティックで皆、洋服を買い込んだ様子。 ミュージック・ライフ誌の写真でデイヴィッド、エリオットが着ている般若柄の服などは山本寛斎のデザイン。 [5] リックは当時の奥さん、スーのために ひらがなの「す」が書かれた服をお土産で買っていたというウワサも。
リック
僕は東京だったら何日も歩き回りたいね。アメリカとは視覚的に違うんだ。(中略) 初めてだから嬉しくてしょうがない。
ベン道を歩いているうちに、どうしてもニコニコしちゃうね。
[6]
- 11月10日
- シングル Don't Tell Me No リリース
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- リックがプロデュースした Suicide のセカンドアルバム Suicide がリリース
1981年
- 1月5日
- シングル Gimmi Some Slack リリース
B面は ベンジャミンがヴォーカルをとる Don't Go To Pieces, これはアルバム未収録曲。のち1995年リリースのアンソロジーに収録。
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- 年の初め頃、ベベ・ビュエル(Bebe Buell)のEP Cover Girl 収録中2曲 "The Little Black Egg" と
"Funtime" にプロデュースとバッキングで参加。
リックとベンのヴォーカルが入ったカーズ版デモは、後の1995年リリース anthology で初めてリリースされた。
- 春-夏頃
- カーズが所有する新スタジオがボストンのニューベリー通りに完成。 Syncro Sound(シンクロ・サウンド)と命名。
ボストンの有名なスタジオ、Intermedia studios があった場所をバンドが買い取って作った、当時最新鋭のスタジオ。
「新しいスタジオを建設した」という記事もありますが、既存のスタジオを購入後 手を加えたのか、壊して建て直したのかは 目下確認中。敷地内にはスタジオのほか、クラブハウスやLookout Managementの東海岸オフィスもあったようです。アルバム Shake It Up 国内盤ライナーノーツによるとスタジオは「7月完成」とありますが、 anthology ライナーノーツには 上の項目の"The Little Black Egg","Funtime"のレコーディングが「early 1981 Syncro Sound」 とあり、スタジオを使い始めた時期がハッキリしないので「春-夏頃」としています。
バンドはこのスタジオを、のち1986年終わりに手放しています。(1986年 年末のBillboard Magazineにスタジオ閉鎖と売却予定の記事があり)
リック
スタジオができて、スタジオ内にクラブハウスみたいなものも作って、いつもそこにいた。あれは楽しかった。(中略) ツアー中のバンドがよくスタジオに遊びに来たよ。
エリオットマスコミに追われず、ニューヨークやロスよりリラックスできるから、メジャーなアーティストが来て レコーディングをする事を期待したんだ。
デイヴィッドスタジオを作るのも楽しかった。デザイナーと一緒に設計やインテリアの事を考えたりして。
[7]
- 11月6日
- 4枚目アルバム SHAKE IT UP シェイク・イット・アップ リリース
上記のSyncro Sound でレコーディング。以降カーズは自身のアルバムをこのスタジオで作ることはなかったものの、 数多くのアーティストがSyncro Sound を使用。
- 11月9日
- シングル Shake It Up リリース
B面は Cruiser, シングル Shake It Up はカーズ初のトップ10ヒットとなった(最高位 4位)
- 11月19日
- 米TV番組 Tom SnyderのThe Tomorrow Showに出演
おそらくこの時のスタジオライブであろう "Cruiser" の動画がアップされています。
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- 米ABCのTV番組 Fridays にも出演
スタジオライブで "Shake It Up", "Since You're Gone", "Think It Over"などを 披露した模様。"Think It Over" ではシンセベースを弾きながら歌うベンジャミンの姿が新鮮です。
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- リック、ボストンのローカルバンド New Models の数曲のプロデュースをSyncro Sound で行う。
プロデュース曲"Permanent Vacation", "Shattered Windows" はテープの状態で、 ローカルヒットにはなったがすぐにレコードでのリリースには至らなかったらしい。 [8]
画像引用元:discogs
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- デイヴィッドがプロデュースしたパンクロックバンド Boys Life のシングル Two Doors Down がリリース
Boys Life は今やレーベル・ダップトーンやファンク系バンドSugarman Three等で有名なサックス奏者、 ニール・シュガーマンが在籍したボストンのローカルバンド。
1982年
- 3月8日
- シングル Since You're Gone リリース
B面は Think It Over
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- アメリカの音楽雑誌 CREEM 1982年5月号の表紙を飾る
- 6月12日
- シングル Victim Of Love リリース
B面は This Could Be Love
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- 9月4日
- カルフォルニア州で3日間行われた USフェスティバル の2日目に出演
同日の他の出演は、エディ・マネー、サンタナ、キンクス、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ等。 1日目にはラモーンズ、B-52's, トーキング・ヘッズ、ポリス等。最終日にはグレイトフル・デッド、ジミー・バフェット、 ジャクソン・ブラウン、フリートウッド・マック等と人気アーティストが揃った大きなイベントであったことが伺えます。
カーズがリリースしたDVD UNLOCKED にこの時のライブの様子が収められています。 (ただしライブ音声は1984年のライブのものを当てていると思われます)
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- リックがプロデュースに関わった Romeo Void のセカンドアルバム Benefactor がリリース
画像引用元:discogs
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- デイヴィッドがプロデュースしたバンド Boys Life の6曲入りアルバム Boys Life がリリース
レコーディングはSyncro Soundを使用。有難いことにアルバムの数曲がネット上にアップされています。
- 12月頃
- リック・オケイセックの初ソロアルバム BEATITUDE リリース
1983年
【リック・オケイセックの動向】
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- ソロアルバム BEATITUDE から "Something To Grab For", "Jimmy Jimmy" などが シングルカットされる
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- マーティン・スコセッシの映画「キング・オブ・コメディ」のサントラに楽曲 Steal The Night を提供
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- リックが曲作り,ギター,プロデュースで関わった、Suicide アラン・ヴェガのソロアルバム Saturn Strip がリリース
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- リックがプロデュースしたハードコアパンクグループ Bad Brains のセカンドアルバム Rock for Light がリリース
【グレッグ・ホークスの動向】
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- グレッグ・ホークス 初のソロアルバム NIAGARA FALLS リリース
【エリオット・イーストンの動向】
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- ジュールズ・シアーのソロアルバム WATCH DOG のレコーディングに参加
このアルバムのプロデュースを手掛けたのがトッド・ラングレン
【バンドの動向】
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- おそらく1983年後半以降は、次のアルバムのためのレコーディング、アレンジ等々の作業に入っていたのではと思われる。
【脚注一覧】
- ▲1980年 10月グレッグ、ウォークマン購入
- 「音楽専科」1980年12月号 104ページ
- ▲1980年 10月会場にミス・ユニバース美女
- 「音楽専科」1980年12月号 19ページ
- ▲1980年 メンバー、TR-808を注文
- the cars live:カーズ ライヴ・イン・ブレーメンDVD 2000年バンド・インタビューより
- ▲1980年 10月レイフ・ギャレット来たる
- 「ロックショウ」1981年2月号 18-19ページ
- ▲1980年 メンバー、山本寛斎の服を買う
- 2013年4月シンコーミュージック・エンターテイメント発行 赤尾美香 著「ロックンロール・フォトグラフィティ 長谷部宏の仕事」274ページ
- ▲1980年 10月リックとベン 東京の印象
- 「ミュージック・ライフ」1980年12月号 143ページ
- ▲1981年 Syncro Soundを振り返る
- the cars live:カーズ ライヴ・イン・ブレーメンDVD 2000年バンド・インタビューより
- ▲1981年 New Models のプロデュース
- New Models – S/T 7″ : Killed By Death Records(海外ブログ)
- Last.fm の New Models のページもありました New Models - Last.fm
- ▲1980年 2月第22回グラミー賞の内容
- 1980 Grammy Awards: metrolyrics
- アルバム・シングルのリリース日程
- 日付に関しては、The Cars 1995年リリースJUST WHAT I NEEDED:Anthology (Rhino/Elektra #73506) ライナーノーツ記載のエレクトラ・データを参照。よってアメリカベースの日付。